竣工後に始まる本当の家づくり
家づくりは創造的で、刺激的な作業
空間のイメージが一新すると気持ちばかりか生活のスタイルまで変化する、そんな体験は家の模様替えをしたときなどによく実感することです。
空間が人間の精神や行動に影響を与えるという理論はいろいろな形で証明されていますが、家の模様替えによって私たちが受ける心理的、行動的な変化もその一例と考えることができます。
部屋の広さ、形は変わらなくても壁のテクスチャー、色、家具の配置、装飾品の変化などで空間の持つ意味は大きく変化します。
ごく普通の3LDKの家であっても、その各空間の演出の仕方、利用の仕方で家のイメージはまるで異なったものに変わってしまいます。
最近、テレビで人気の内装改造番組では、インテリアの専門家がちょっと工夫を加えるだけで、まるで手品師のように部屋を様変わりさせる様子を見せてくれます。
狭くてどうしようもないと諦めいた家も、ちょっと工夫を加えるだけで快適で居心地のよい空間に生まれ変わることを実験的に示すよい例だと思います。
これとは逆のケースですが、「片付けられない症候群」に陥ったご家族の紹介番組も放映されています。
郊外の瀟洒な戸建て住宅の玄関を空けると驚くべきシーンが目に飛び込んできます。
心理的なストレスから家中を足の踏み場もないほど荷物だらけにしてしまう人たちのドキュメンタリーです。まだ新しい広く立派な家が、まるでゴミ箱をひっくり返したような惨状を呈しているにもかかわらず、その環境に慣れてしまった住人は汚さを感じず、平気で暮らしているというぞっとするような話です。
結局、よい家、よい暮らしと言うのは家の広さや、豪華さによって決まるものではなく、家づかいや、暮らし方に対してどれほど創造的になれるか、住み手の創意工夫によって決まるものだと思われます。居心地のいよい空間とは、味覚や聴覚が人それぞれ異なるように、人により居心地よさの概念が違うものだと思います。
インテリアデザイナー達はよく「テースト」という言葉を用い、人それぞれの好みの違いを表現します。たとえば、わび、さび、は千利休によって創案された独特の空間表現ですが、これは利休好みの「テースト」と呼ぶことが出来ます。
利休に限らず、人それぞれに色、形、雰囲気に対する好みがあり、これが空間に対するその人の個性を形作ります。
居心地のよい空間とは、即ち自分好みの空間であり、家づくりの究極の目的もこの自分好みの空間をいかに創り上げるかにあります。第1章の素敵な家のところで、何の変哲もない旧い家が住まい手の個性が加わって見事に味わい深く、居心地のよい家に生まれ変わった話しをご紹介しました。
これこそまさに家づくりの醍醐味です。竣工した瞬間から本当の家づくりが始まる、と考えると家づくりはとても創造的で、刺激的な行為となるはずです。なぜなら、家族への思いも、生活の理想も、人生の夢も、趣味も、人付き合いも、その全てを総動員して行うのが家づくりだからです。
人生80年時代の家づくり
日本人の平均寿命が延び、「人生80年時代」と言われるようになって久しくなります。
寿命が延びるだけならまことにめでたい話ですが、家族の形態も、社会のシステムも様変わりして、決して高齢者にとって幸せとは言えない状況があります。
つい最近まで、親がリタイアした後は子供が親の面倒を見、親は孫の面倒を見る、いわゆる三世代同居型のライフスタイルが一般的でした。
しかし、現在では三世代家族はむしろ少数派で全体の三分の一にすぎません。
とくに都会地では親子別居が圧倒的に多く、また、ディンクスと呼ばれる子供を作らない夫婦も増え、老後を夫婦二人あるいは一人で暮らす人たちの割合は年々増えつづけています。
介護の問題がクローズアップされる中、私たち日本人には過去に経験したことのない新しい家庭生活の実験が始まっています。
人生80年を視野に入れたとき、私たちはもっと自由に、もっとしなやかに家づくりを考えていいのではないかと思います。
住宅の設計という側面から考えると、とくに子供部屋については柔軟な考え方をすることで家の使い勝手は飛躍的に良くなります。アメリカで見たバンクス(Banks)と呼ばれる子供部屋のシステムは、子供がある程度大きくなるまでは子供全員を一つの部屋で共同生活させ、自立できるようになった段階で、個室に分割して与え、子供が独立した段階ではホビールームや、ライブラリーとしてリタイア後の生活をエンジョイする部屋に改造できるように考えられています。
これは子供の社会性や自立性を高めると同時に、家族構成の変化や、暮らしのニーズに合わせて家の機能も変えていけるところに特徴があります。
最近、高齢者や身体障害者のための空間設計思想としてバリアフリーという考え方が普及してきましたが、これなどは子供や妊婦、あるいは病人にとっても共通する安全設計の思想であり、家づくりの最初の段階から組み込んでおくと人生80年への対応も容易になります。
また、水道、電気、ガスなどのライフラインも将来の生活設計を見込んで新築時に設置しておけば、増改築にも柔軟に対応できます。たとへば、和室の地下部分に水道の給排水管口を設けておけば、茶室に改造したり、介護のための洗面台に改造することも簡単にできるといった按配です。
将来、二世帯住宅への増改築を希望する人にとっても、住宅の配置計画や、増築を前提にした設計プラン、ライフラインの設置などをしておくと経済的、短時間に増改築することができます。このように、人生80年の視点を持つことによって、後々の家づくりに要する投資は軽微となり、また、家の使い勝手はとても広くなります。
設計面ばかりでなく、家そのものに対する考え方、家との付き合い方についても、固定するのでなく、選択肢を広げて自由に考えてもいいのではないかと思います。
日本ではまだまだ一般的とはいえませんが、アメリカではリタイア後に家を住み替える人たちによって、中古住宅市場も活況を呈しております。
たとえば、環境がよく温暖な農漁村や、物価の安い海外に移住する人たち、また、完全看護つきのシニア向けホームに夫婦揃って入居する人、あるいは、友人同士が一軒の家を借りて共同生活をするといったユニークな生活を愉しんでいる人たち、など、人それぞれにイメージする幸福な老後の生活像に向けて思い切り自由に暮らしのデザインを愉しんでいいのではないかと思います。
どのような老後が幸福なのかは、人それぞれで結論は出せませんが、少なくとも高齢化社会を迎えるこれからの家づくりは、人生80年を視野に入れなければならないことだけは確かなようです。
家にも主治医が必要です
いわゆるマンション派と呼ばれる人たちは、維持管理の手軽さや、盗難などの安全性、住み替えの容易さなど、コンビニエンスな使いやすさを礼賛する人たちです。確かにマンションには管理組合があり常時メンテナンスの手が行き届いています。管理人も常駐し生活面での便宜を図ってくれます。確かに便利ですが、それに相当する対価も払わなければなりません。東京あたりのマンションでは築年数にもよりますが、通常1uあたり月額でも500円前後の管理費、修繕積立金等の負担が常識となっております。 一戸建て住宅の場合の悩みは、維持管理がそれぞれの家主に任されているために、とくに専門的な判断が必要な家の傷み具合や、維持管理の方法について適切な対応が取れないという点にあります。最近、問題になっているリニューアル業者による過剰工事や、適性を欠いた工事費の請求など被害を受ける人も多くなっていますが、マンションのように常日頃維持管理の目が届いていれば避けることの出来た災難と言えるでしょう。第3章の家の寿命でも触れましたが、家の寿命は工法、建築資材、施工方法によって異なります。また、家の堅牢さは均一ではなく、傷み易い部分と傷み難い部分があることもご理解いただけたと思います。建てたままの状態で放置すれば、傷み易い部分から病状が広がり、傷み難い部分の寿命も縮める結果を招きます。たとえば、外壁の塗装劣化を放置すると、そこから浸透した雨水は内部の構造体や断熱材に影響を与え、構造体や内壁を腐食させることが知られています。外壁塗装の劣化も、南側と北側、日差しや風雪雨の強弱など外部環境によって傷み方が異なり、家屋全体が均一に傷むということはありません。こうした外壁のメンテナンスについては適切な診断さえ行われれば、外壁の一部塗り替えだけで済ますことも可能でメンテナンス費用の倹約にもつながります。床のきしみ、建具の不具合、キッチンやバス、トイレなど水周り設備の劣化、などなど、使うほどに出てくる不具合に対しても同様で、早めの診断、早めの処置が家の寿命を延ばし、家の維持管理費用を最小限にとどめる最善の処方となります。ところが、住宅の傷み具合診断を誰に頼むかとなると難問です。業者に依頼すると、仕事を作りたいという思惑が働いて、適切な判断と処方が得られないという不安があります。医療の世界でも医薬分業の必要性が言われていますが、家のメンテナンスについても診断業務と修繕業務の分離は、需要者の安心と負担を軽減する意味からも必要と思われます。私たち家づくり援護会では、最近増えているリニューアル事業にともなうトラブルの解消および、一戸建て住宅の適正な維持管理の推進を目的として、戸建て住宅居住者に対する診断活動、あるいは、住宅カルテの管理運用事業を行っています。私たちの健康にとっていつも自分の健康状態を把握していてくれる主治医が必要なように、家の健康を見守り、損得抜きで相談に乗ってくれ、適切に判断してくれる主治医のような専門家の助けが必要ではないかと考えたからです。これから家を建てる人にぜひともお考えいただきたいのは、家を建てることと、その後の維持管理をセットにして、同じ重さでとらえていただきたいということです。竣工後、十年、二十年経つと家づかいの差は歴然としてきます。上手な家づかいをすれば家は美しさを保ち、維持管理にかかる費用を倹約し、万一家を転売しなければならないことになっても、よい条件で売ることが出来ます。一石二鳥にも三鳥にもなるということです。
※実際の書籍の内容とは異なる場合があります。
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