ハンコを押す前に=契約トラブルを防ぐ
一般に物を購入する場合、商品を見比べ、価格を調べ、財布の中身と相談しながら最終的に購入を決定します。近年、消費者の商品を見る目はシビアになったといわれていますが、こと住まいの購入になると、この賢い消費者ぶりがまるで発揮されないのはどうしたことでしょうか。
家づくり援護会には、契約行為でつまずいた方々からの相談、問い合わせが後を絶ちません。中には非常に深刻な事例もあります。そうした事例をもとに契約トラブルを防ぐ方法について考えてみましょう。
建築条件付土地売りのケース
最近とくに多いのが「建築条件付土地売り」に伴う契約トラブルです。よく広告で見かける言葉ですので知っている方も多いと思います。住宅の施工を条件に土地を販売する方法で、土地売買と建築請負は別と称しながら、この二つの契約を同時に結ばされ、トラブルに発展するケースが多発しています。いくつかの実例を挙げながらポイントをまとめてみましょう。
Aさんの場合
不動産の広告チラシで知り、現地にも問題はなく、希望の間取りも計画できそうな土地だったので購入を決めました。不動産業者の説明はフリープランの建築条件付土地売りということで、契約相手は不動産会社でした。
土地の売買契約時に、何気なくこの書類にもハンコをといわれて、建築工事請負契約書にもハンコをつき、手付金100万円をその場で支払いました。契約後に話を進めるうちに、計画にいろいろ制限がつき始め、希望通りの家づくりができそうにない不安から家づくり援護会へ相談に来られました。ここで、この契約の場合のチエックポイントについて整理してみましょう。
〈ポイント1〉建築条件付土地売買は、売主が建設会社もしくは建築を事業として行っているものに限られます(Aさんの場合は普通の不動産会社でした)
〈ポイント2〉建築工事費が1500万円を超える場合、建築工事請負契約は建設業法によって、許可を受けた業者しか行えないと規定されています。(Aさんの場合は工事費2000万円、しかも建築業者資格のない不動産会社でした)
〈ポイント3〉建築工事請負契約の時期は、計画がすべて決まり、その内容・規模について詳細に金額の取り決めがなされた後でなくてはなりません。平面計画も決まっていない段階で工事の契約をするのは許されることではありません。(Aさんの場合、図面は一枚もなく、建物の面積と工事金額2000万円を記載した表紙だけの契約書でした)
Aさんの場合、ハンコをついた後で、しかも契約手付金も支払った後のため解約、手付金の返還は難しいと思われましたが、消費者の立場を守る「消費者契約法」に定められた「明らかな錯誤による契約は無効にすることができる」の条項があり、チェックポイントの諸点をただし、契約の無効を申し入れた結果、契約解除と、手付金全額の返却を円満な話し合いのもとで解決できました。
Bさんの場合
当初、土地売買だけの契約で交渉を進めたのですが、交渉の途中で土地購入後、住まいを建てる計画を話したところ、それでは建築条件付の売買にしようということになり、土地の売買契約時に、建築工事請負契約書にもハンコをつくよう要求されました。土地の代金は建築条件付ということで多少値引きされ、契約を交わしました。この契約も工事請負者は不動産業者でした。土地の登記、所有権移転を終わり、いざ住宅プランの話に入ると問題が起こりました。業者が建築工事請負契約書をたてに、Bさんの希望を聞き入れようとしないのです。不信感が募ったBさんは、建築条件付として安くなった分の土地費用を負担するかわりに、建築条件付を解除して欲しいと申し出たのですが、値引き分以上の金額を請求され、相談に来られました。
〈ポイント1〉Aさんの場合と同じく、建築工事請負契約者の資格がないこと。
〈ポイント2〉土地の売買および所有権移転は終わっていること。
〈ポイント3〉当初は建築条件付土地売買ではなかったこと。
Bさんの側にも建築条件付をいったん納得していること、土地の価格に対して双方の言い分に開きがあることなどから、建築請負契約のみならず土地契約の扱いをめぐり、弁護士を立てて話し合いをし、やはり「消費者契約法」をもとに無事契約を解除することができました。
Cさんの場合
Cさんはチラシ広告で気に入った建築条件付の土地を見つけました。売主は建設会社でした。しかし、その建設会社が信用できないと感じたCさんは不動産屋さんに仲介を頼み、建築条件をはずしてもらうことに成功しました。それでも不安があり、契約立会いを家づくり援護会に求められてきました。
契約当日、土地の売買契約がすべて終わったとき、この書類にもハンコをくださいと何気なく言われ、内容を確認すると、建物の工事契約は売主の建設会社と結ぶという念書でした。Cさんは何気なくハンコをつきそうになりましたが、それまでの話し合いと異なる要求であり、その場で拒否するようにアドバイスしました。売主は納得せず、日を改めることとし、その念書の内容を精査しました。その意図するところは、売主である建設会社が土地を購入し、住宅を建てて転売すれば税務上優遇されることを狙ったものでした。念書の内容は、実際に工事する会社はどこであれ、そこに下請けとして工事を発注することを約束するものでした。これは、脱税行為に加担することになるので、要求に応じることはできない旨を売主に伝え、土地売買だけということで無事契約を結ぶことができました。
〈ポイント1〉土地の売買契約は、多くの箇所にハンコをつき、流れ作業のように進んでいきます。事前に説明のない書類にハンコを要求されることは要注意です。納得していない書類が出てきたときには、保留するか、断りましょう。
これらの事例を見てわかるのは、契約内容を理解しないままに契約するケースが多いということです。また、気に入った土地が見つかると、先を越されてはと内容を吟味せずに契約を急ぐ人が多いことです。売主側は契約を急ぐことで、不都合なこと、隠しておきたいことを、カモフラージュすることがよくあります。ハウスメーカーがよく利用する「今月末までキャンペーン中で値引き!」というトークはその好例です。その場合、限られた期限内で納得のいく説明、資料提出を得られない場合は、契約を保留あるいは断念するぐらいの毅然たる態度が必要です。
契約締結と解除の問題
建築工事請負契約は、建物の細かい仕様まで双方合意を結んで契約することになります。一般的には、平面計画、立面計画、断面計画、仕上げ、仕様書、キッチン、お風呂場、空調、換気、照明、コンセント位置や、テレビや電話の配置など設備の細かい仕様などすべて明記されてはじめて建築工事請負契約となります。それはなぜかというと、現物は目の前になく、これから作り上げられるものだからです。床材の厚さは何ミリか、天井の下地材や、壁の下地材などはどんな材料でどんな厚さなのか、それによって、値段も違えば、出来上がりの性能も違います。
このようなことをすべて理解合意した上で結ぶのが建築工事請負契約です。ですから、あまり大雑把な契約を結ぶと、一般の人にはわからない細かいところで、施工者の都合のよいようにされてしまうことがあります。その際の双方の家づくりに関する理解に齟齬のないようにするのが契約の主たる目的です。これらすべてを納得し、合意した上で初めてハンコをついて契約が成立するわけです。このようにして結んだ契約は、その内容に反した工事が発見された場合は、当然契約違反となります。その解決方法も、契約約款に決められています。よく契約約款を読んで、双方にあまり不利にならないような公平な契約約款とする必要があります。この内容についても、ハウスメーカー等のように自社専用の契約約款があるなど様々です。よくわからないことがある場合は信頼できる第三者の意見を求めることが必要です。
契約解除の問題について、一般の人々に知ってもらいたいことは、工事は現場だけで進んでいるわけではないこと、現場で工事する以前に、材料を発注し(費用発生)別のところで加工し(費用発生)進んでいきます。たとえ現場に何も造られていないからといって、契約解除して、費用負担がないとはいえません。とくにハウスメーカーのように工期が短い場合は、契約締結時すぐに材料の発注が始まります。ですから、問題が発生して契約解除するとなると、すでに半分以上の材料代を負担しなくてはならなくなることもあります。
これらを防ぐ方法は、契約前に、きちっとした工程表と、材料の発注時期などをしっかりと確認する必要があります。その際文書でもらっておくほうがよいでしょう。万一、着工前、契約直後に、不満、不信が生じた場合は、即座に工期の見直し、資材の発注停止などを要請してください。
契約は結んだが最後、作業は怒涛のごとく進んで行きます。契約を交わした後は見直している暇はないのも同然です。契約解除事例の大半は、契約を甘く見て簡単にハンコを付いた結果起こっています。契約を急がせる業者にはとにかく注意してください。
契約手付金の問題
手付金に対して、土地の売買などの場合と、建築工事請負契約などの場合ではその意味合いは変わってきます。
・土地売買の場合
この場合は予約金だとか購入申込金などと様々な呼ばれ方があります。予約金などは購入申し込み時に要求されることがあり、問題がなければ購入代金のうちに含まれ、契約に至らない場合には無条件で全額返金されることになります。このことも契約前に金員の授受があった場合はその旨確認しておく必要があります。契約後の手付金は、売買代金の一部となり、契約後解除しようとすると、違約金ということで戻ってきません。ただしその場合でも、契約履行の一定期間の猶予を与えられ、その期間内であれば契約したとしても、解除した場合に手付金が全額戻ることもあります。契約内容に不安や、不満な点が生じたときには不動産会社や、売主に契約前に申し入れることをお勧めします。
・建築条件付土地売買の場合
この場合、土地の売買は、住宅建設に同意することを前提とした契約であるために、設計内容や、工事金額などの話を詰めて合意できない場合は契約解除をすることができ、手付金も全額返却されます。建築条件付土地売買契約は、契約当日より起算して三カ月以内に建築工事請負契約を結ぶことができない場合は、建築条件付土地売買契約自体が成立しない、ということです。先に相談事例で紹介したケースの場合、建築条件付土地売買契約と、建築工事請負契約を同時に行うことは本来ありえない話なのです(ただし、その時点で設計が完了しており、その内容と工事金額に合意している場合は除きます)。
建築条件付土地売りの場合、建築工事請負契約を交わすまでは、契約完了とはいえず、契約を解除するチャンスが常にあるということを忘れないで欲しいのです。意外にも不動産会社自身がこのことを知らずに話を進めているケースがありますので要注意です。
・建築工事請負契約の場合
この場合も、すでにお話ししたように、建物の計画が終わり、細かい仕様が決まってはじめて、契約を交わすことになります。それ以前の段階で手付金(こういう言葉はありません。正式には工事請負代金の一部)を要求されることはありません。契約が成立してはじめて、工事着手金(工事代金の一部)を支払います。この代金は、工事の準備費(仮設費や、材料の発注費)として使われます。これらは、契約後は契約解除しても戻ってくることはありません(もちろんその内容については精査する必要があり、その支払い分の内容については契約約款の中で取り決められています)。また、支払う金額の割合も、各業者によってまちまちですし、施主である人の支払いできる条件もありますので、両者が話し合って、決めていくことになります。
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