自己表現としての家づくり
うだつをあげる
一時期に比べて地価や施工費が多少安くなったとはいえ、それでもごく普通の家を建てるのに、莫大な費用がかかり、ローンの負担も並大抵ではなく、もし勤めている会社が倒産すればとてつもない重荷となってのしかかってきます。それを承知しながら、あえてこの重荷を背負い、家づくりにこだわる人が多いのはなぜでしょう(図5)。
ただ家族が暮らすためだけなら、借家住まいでも不都合はないはずです。ごく近年まで都市生活者の多くは借家住まいが普通で、明治の文豪、森鴎外が借家に住んでいたという話は有名です。現在、日本の世帯数の約六〇%が持ち家世帯ですが、潜在的な持ち家願望も加えれば八〇%近い人々が持ち家希望者であるといわれています。
「土地神話」が健在であったバブル崩壊前までは、資産保有の面で土地を所有することの優位性は確かにあり、実際に土地を売買して大金を手に入れた成功者も数多くいました。土地はもっとも安全でかつ確実に値上がりする資産であると誰もが信じていました。しかし、バブル崩壊とともに地価は一〇年以上にもわたって下落を続け、土地売買で莫大な損失をこうむり、破産に追い込まれる人も後を絶たない状況が続いています。いわゆる「土地神話」は崩れ、不動産業者の間からも土地売買で儲ける時代は過ぎたという声が聞こえてきます。
経済的な側面から考えれば固定資産税、維持管理費、相続税などの負担を抱え、土地つき住宅を所有するメリットがどれほどあるのか疑問を投げかける人もいます。それにもかかわらず不景気のどん底にあるといわれる現在でも、なお年間約六〇万戸近い住宅需要(持ち家建築戸数)があるのは、住宅が単に資産形成の面からのみ評価されているのではなく、もっと強い動機に支えられていることを物語っているのではないでしょうか。
「(うだちとも)があがらない」という言葉があります。とは家の梁の上に立てる屋根を支える小柱のことで、「をあげる」というのは転じて家を建てることを意味しています。いつまでも出世せず、自分の城も持てない才覚の働かない男に対する侮蔑の言葉です。現代でも、家を建てた友人に対して「とうとう一国一城の主になったね」などといういい方が日常的になされています。家をもつことが一人前の人間として一目置かれるという文化風土は今も昔も変わらないといえるのでしょうか。
現代の日本社会はきわめて平等な社会といわれ、極端な貧富の差もなく、人種や階層による差別もなく、大臣も博士もサラリーマンもタレントも皆総じて自らを中流だと意識している、世界にもまれな「中流社会」です。しかし逆にいえば、きわめて個性を発揮しづらくアイデンティティがあいまいな社会ということになります。そうした社会であるからこそ、家をつくるという行為を通じて、自分自身の生きてきた証を形で示し、残そうとしているのかもしれません。そうした意味で、日本人にとって家づくりは生涯をかけた自己表現の場ともいえるでしょう。
家づくりはマイペースで
家づくりは自己表現の場であるからこそ、施工業者のペースではなく、マイペースで焦らず進めていきたいものです。
住宅購入調査などの結果を見ると、家づくりを決意する動機は決して衝動的ではなく、自分や家族の将来を熟慮した上で導き出された結論であることがうかがえます。
家をつくることは、経済的にも大変な負担で、それこそ、清水の舞台から飛び降りる決心がなければ、なかなか結論を出せません。しかし不思議なことに、これほど迷いに迷いやっと家づくりを決意した瞬間、ほとんどの人は一日も早い家の完成を望むようになります。
実は、ここに家づくりの落とし穴があります。まず、肝に銘じることは、家づくりを急いで得をすることなど何一つないということです。家づくりを急ぐ気持ちが無理な契約、無理な施工に結びつき、とんでもない結果を招くことがあるということを十二分に承知してください。拙速を避け、自分のペースを守りながら必要な準備を着実に行うことこそ、納得のいく家づくりのコツです。「短気は損気」、家づくりで忘れてはならない言葉です。
以下に、家づくりのために必要な準備とそれに要するおおよその時間をまとめてみました。条件はさまざまですが、家づくりを決意してから竣工まで、少なくとも二年程度の時間的余裕をもつのがよいでしょう。
第一段階=家づくりの方針を固める(研究期間=約六カ月)
1. つくりたい家の具体像を描く。(本を見たり、家族や友人と相談してイメージを固める)
2. 家づくりの枠組みを決める。(予算、竣工時期、建築立地などの目安を立てる)
3. 自分なりの設計図を作る。(間取り、デザイン、独自の工夫を加え設計図を作る)
※できればこの段階で信頼できる専門家に相談すること。
第二段階=家づくりの態勢を整える(準備期間=約一年)
1. 資金の調達を行う。(金融機関、その他からの融資を取り付け、予算を決定する)
2. 用地の取得と地盤調査等の実施。(法的なチェックと、地盤の確認)
3. 実施設計図面の作成と見積もりの検討。(この段階で、施工業者を選別する)
4. 施工請負契約書の作成と締結。(可能な限り第三者契約を行う)
※契約については、すべての与件が整ってから締結すること。
第三段階=家をつくる(施工段階=約六カ月)
1. ゆとりを持った施工スケジュールの作成。
2. 施工検査の実施と検査記録の保存、管理。
3. アフターケアについての確認。
家づくりの主役交代
たとえば、新しく完成した友人の家に招待されたとします。「自分たちで設計しました」という人はおおむね家の出来栄えに満足して、自信たっぷりで家を案内してくれます。ところが「建築家の先生にデザインしてもらいました」という人は、「予算が限られていたから」とか、「先生が勝手に設計しちゃって」などと言い訳することが多いことに気がつきます。
家を建てるとき、専門家にまかせればよい家ができると考えたら、まず後悔の始まりです。誰しも、自分の大切なものを買うときに人まかせにはしません。しかし実際に家をつくるとなると、建築家とか施工会社、住宅メーカーなど形は異なりますが、専門業者にまかせてしまう人がまだまだ多いようです。
ここでもう一度、家とは何かを考えてみましょう。家は、まず人の命や財産を守るためにあります。そのため、台風、洪水、地震などから財産と人命を守るために、各地方の気候風土の条件に即した独特の工法や建築デザインが生まれ、棟
梁 といわれる人たちによってその技術が受け継がれてきました。つまり、家づくりはローカル文化の最たるものとして信頼を得てきたのです。しかし、建築技術や建築素材の発達とともに、また工学的な情報の共有化が進み、棟梁の資格をもたない人でも、住む人の好みに合わせた住宅をつくれるようになってきました。要するに、技術の進歩とともに住む人の求める空間が比較的自由自在につくれる時代になってきました。
気候の厳しい地方では、台風や、雪や、風に対する対策は不可欠ですが、それに対する対処法も今では十分に開発されています。「箱」をつくることの技術的な不安は少なくなり、家づくりのテーマは工学的な関心から文化的な関心??つまり、家族、生活、人生といったテーマが家づくりの主題になってきています。
家づくりの主役はいまや、施工者の手から施主の手に移り、「建てるべき家」があるのではなく「建てたい家を建てる」、そして、「建てたい家」は施主が分担し、「建てる」部分は施工者が分担するというように、施主と専門家が分担を決めて共同で家づくりをしなければ納得のいくよい家はできない時代になったということです。
建てたい家といっても、いささか漠然としていますが、自分が好む生活のイメージを具体的に描いてみるとわかりやすいでしょう。会社や学校に行くときにどんな玄関から出かけたいのか。家事をするのに便利なキッチンは? 安らぎを感じるのはどんな部屋か。友人を招いたときはどの部屋でもてなすのか。コーヒーや紅茶、日本茶をどのような雰囲気で飲みたいか。リビングをどのようにすれば家族の会話が弾むのか。自立できる子供を育てるための子供部屋は? パソコンはどこに置いたら便利か。のんびりできるお風呂はどういう形か。風呂上がりのビールはどこで味わえば美味しいか。寝室の雰囲気は、トイレは、廊下は、階段は……等々、いろいろな生活場面をイメージして、それを形にしていくのが家づくりです。このような生活スタイルは各家庭によって千差万別です。とても人まかせにはできないことがわかると思います。
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