外壁の腰はオビ杉の赤身。九州宮崎地方特産の材で、軽くて腐りにくいので古くは舟材として用いられてきました。腰板は通常腐朽に強い外材を使いますが、硬い感じが和瓦と白漆喰になじみません。オビ杉が貼られてみるとそのやわらい板目の美しいこと。
板頭社長はこんな美しい板を黒色に染めるというのです!
わたしは、木肌が陽や風雨にさらされ、灰色になり、夏目が減肉して凹み、冬目が浮き出していく風化のプロセスをたのしみたい。多少のひび割れや反りは承知の上。
「こんなきれいな木に色は塗りたくないですねえ」
「このままでは汚れやすく傷みやすいです。たしかに無垢の木肌はきれいですが木は保護も大事です。それに上部の白漆喰とのコントラストも強調したい。塗り見本をつくりますから見ていただきましょう」
板頭社長に押しきられて結局いちばん薄い色をえらびました。
内装もどんどん進みます。腰板と天井はスギ、床はラオス松、梁は米松、カウンター類はスギ板の厚さ3寸および4寸無垢。このカウンターは銘木ではありません。虫食い、ヒビあり、節あり、ノタ付きです。数奇屋では絶対に使わない端材。でもその粗野な感じが好き。
ある日、今井さんから和室の造り付け小机の脚に自分の庭で伐ったサルスベリの皮付き丸太があるので使いたいと提案がありました。
ねじれてコブもついていればなお最高! 是非お願いしますと言ったのに現場に運びこまれたのはツルンとした細手の北山スギ丸太。
「あれ?サルスベリは?」
「いやあ、軒下にあったはずですがオヤジが燃やしちゃったみたいで」
「このツルピカはダメ。なにか探してくるからちょっと待って」
4寸厚の無垢板に負けない脚。設計の時から気になっていたアレだ。
子供のころから畠の土手にたてかけて放ったらかしになっていた杜松(ネズ)の丸太。
杜松は野ざらしでも100年以上腐らないので稲を架けるハサや杭、小溝の橋桁に使われていました。風情の良いものはムロともいって床柱にも使われます。
夏草の中から引きずり出してみると半分以上腐食して残っているのはコブと脂身だけ。家内がオトーさんアホかと見ています。
川へ運んで泥を洗うと、ウロにアリ、ムカデ。いっしょに流れていきました。
ワイヤーブラシで腐食を摘出し、サンドペーパーをざっとかける。日に当てて半日乾燥すると凄い表情が出現しました。
究極の粗野
百年の沈黙
千年の枯淡
「これをこのまま使ってください、塗料は絶対塗らないように」
「凄いね、これは強い! もったいないから納まりを考えさせてください、任せてもらえますか」
2週間後、東京から帰ると両端から抱き納めに仕上がっていました。見事なものです。
「天板の下で脚にすると折角の杜松が隠れてしまう。横から抱けばこのとおり」
玄関ドアの把手にも、下駄箱の出隅柱にも杜松の端材を使うようお願いしました。金属は冬つめたく夏熱く、手ざわりがキツイ、把手には不向きです。特にアルミは最悪。
家の出入りに一日何度も触れる玄関ドアの把手は手ざわりにトコトンこだわりたい。その感触が自分の家。手垢がしみこみ、風化し、年月と共に表情が移ろいます。どんな木でも金属やプラスチックよりはるかにマシはるかに上品です。
おまけに同材で新聞受けも作ってくれました。
「井戸さん、〒のマークを掘り込んでおいたから中にラッカーで赤色を塗ってください」
さあ、変な赤色では今井さんに笑われる。
カーショップでVWポロの鮮明な赤色を買って塗りました。
「わたしが思っていたとおりの赤!」
今井さんからお褒めの言葉。
建具が入りました。窓際はすべて障子。紙は破れるし変色する。でも障子。
和紙にはペアガラスに匹敵する断熱性能があります。ある電機メーカーが「ロスナイ」というすぐれものの熱交換ファンを作っていますがこの正体はなんと和紙。和紙の断熱性能は折り紙つきで、ガラスが無かった時代、障子1枚でなんとか冬を過ごせた秘密がこの断熱性能にあります。断熱サッシ、ペアガラスと組み合わせれば、あの厭なコールドドラフトも完全に防止できます。
障子の桟のデザインはシンプルな方形で揃えました。桂離宮のパクリです。ただ障子がそこにあるといった感じが好ましい。
間仕切り建具はすべて吊り引戸にしました。吊り引戸なら開け放しで暮らせるし、敷居がないので躓きもなし,掃除機の移動も簡単,風が吹いてもバタバタしません。不用意に開けても人にぶつかる心配もない。こんな優れものをなぜドアにしてしまうのでしょう。
引戸には引き込みの懐が必要で、家中の出入り口すべてを引戸にするためには間取りとの制約を解かなければならず結構やっかいです。苦心しましたがうまくレイアウトができました。
完成間近、ロフトの手すりができました。
この手すり、材料は究極の安物カラマツ足場丸太のはずでしたが、なんと!北山スギ化粧丸太が擦り合わせで使われているではありませんか。
丸太同士を直角水平に組合せるためには、擦り合わせという現物同士を少しずつ削って合わせていく手間のかかる高度な手技が必要で、社寺建築や高級数奇屋住宅では見かけますが一般住宅ではとてもできません。わたしは足場丸太を適当に使って段組にしてもらえれば山小屋風で野趣に富んだ雰囲気になると考えていたのです。
「いやー参りました。究極の手すりですわ、もう絶対やりません」
今井さんが溜め息まじりに言いました。
「足場丸太で充分だったのに」
「それがもう今は鉄パイプの足場に替ってしまって足場丸太がないのです。会社に少しは残っていると思っていたのがまちがいでした、いや、参いった参いった」
ポーチと玄関三和土は那智石洗い出し。細かい那智黒石をモルタルに混入して打設し、水で洗い出します。モルタルの安っぽく白く浮いた感じを避けるため、モルタルに墨を混入して黒く染めるようお願いしました。出来上がりはしっとりと落ちつきました。
工事も終盤になり電気工事屋さんが入ってきました。
「長年愛和さんの仕事をやらせてもらっていますが、これほど木を感じる家は初めて」
一般に電気屋さんは木の質感などに興味はないし、お世辞を言うような人相でもないので、印象深い仕上がりになったといえるでしょう。
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