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「里山の小さな家」ある建築主からのレポート 報告者/井戸道也

6.要件を固める                          写真   図面 

1. 概要
(1) 地形
(2) 配置と間取り 
(3) こもる−ひらく 
(4) 室内環境

2. 気候

3.美濃の民家−起源と形成
(1) 配置と間取り 
(2) 構造 
(3)家の形成と暮らし

4.失われた民家
(1)生活の変化 
(2)悪くなった住宅

5.自分で設計する
(1)思い通りの家? 
(2)暮らしかたを構想する

6.要件を固める
(1)断熱が生命線 
(2)小さく 
(3)低く 
(4)陽を入れる、さえぎる 
(5)素材とデザイン 
(6)東海地震に備える

7.愛和登場
(1)相見積り 
(2)板頭社長 
(3)カネダイ 
(4)2つの実験

8.契約・着工・上棟

9.白川大工・今井さん

10.仕上げ

11.完成・見学会

12.冬
(1)背中があたたかい 
(2)結露ゼロ!

13.春〜夏
(1)春 
(2)夏

14.1年経過
(1)床材ラオス松 
(2)樋から雨漏り! 
(3)電気料金 
(4)ショック! 畳に青カビ

15.そのほか
(1)新築費用 
(2)優良工務店を探す 
(3)家相

16.終わりに


 面白半分といっても基本的な要件をキッチリ押さえることは不可欠。
男子一生の大事などと構えずに家造りを楽しんだほうが結果もプロセスもハッピーだと思うのです。面白半分とはこの意。

(1) 断熱が生命線

 家の造りようは夏を旨とすべし、と徒然草にありますが、これは本邦歴代最高の知性、吉田兼好が暮らしたあの京都の夏に相当参っていた証拠。北海道では当然冬を旨とすべしです。
 兼好が現代に生きていたら夏は夏を旨とし、冬は冬を旨とすべしというでしょう。断熱技術があるからです。

 蒸し暑さは不快指数という概念で温度と湿度の関係が定量化されています。断熱は夏を涼しく冬を暖かく暮らす最もローコストな武器で、環境負荷とエネルギー消費を抑制し、結露も防ぎます。断熱をしっかり施すことは贅沢の逆。

 里山の小さな家はエアコンと暖房なしで、室温を夏季最高28℃、冬季最低12℃を目標にしました。手法は断熱に加え、ベタ基礎を室内環境に取り込み、地中の巨大な熱容量を利用して夏と冬の外気温を緩和するというものです。これができれば着衣や寝具の調整に加え、わずかの冷暖房で暮らすことができます。断熱の性能基準は煩雑になるので省略しますが、比較的おだやかな美濃地方よりも、1段階過酷なV地域の次世代省エネ基準を適用しました。

 夏。最高室温28℃をキープできると予測しました。むかしの美濃の民家がとても涼しく、これを実現していたのは、外気より15℃前後低い土間の大きな熱容量と茅葺の屋根、それにオマケの隙間風でしたから。
 
 冬。地中温度は外気より10℃前後高温ですが、美濃加茂市の冬は最低気温が氷点下の日が2ヶ月以上続くので暖房が必要です。
断熱をしっかりやっておけば冷蔵庫や照明の熱も暖房効果になるので、あとはできるだけ少ない暖房で18℃を確保しよう。床下に250Wの蓄熱暖房機を設置し、巨大な熱容量を持つ基礎ごと暖めることにしました。

 そんな簡単で効果があるならもっと前に普及しているはず、熱が地中に逃げてロスばかり?。実は自信が無かったのです。
 ところがこの案に愛和の社長が大乗り気。
「以前からやって見たいと思っていた実験です」
 実験?! 
でもお金はわたしが出すのです。愛和はタダで実験。
 後述しますが、愛和はこの実験を成功させるために、施工上の格別の配慮(お金ではありません)と行き届いた監理を提供してくれました。

(2)小さく

 小屋大好き建築家、中村好文の著作を読むとおおいに納得がいきますが、名作といわれる住宅の共通項のひとつは、意外なことに小ささにあります。
 安藤忠雄「住吉の長屋」 吉村順三「森の中の家」 ル.コルビュジエ「母の家」 アスプルンド「夏の家」など、中村さんの著作や住宅の読み物にもよく出てくるこれらの定番名作住宅は、間取りを見るとあっと驚く小ささ簡素さ。こもる安堵感がいっぱい。
 なぜでしょう。
 住宅に最も重要な心的要素のひとつである「こもる安堵感」のネタは「守られ、包まれる感触」で、これには小ささが大切な要件のひとつといえます。
 庶民の負け惜しみを差し引いても、よい住宅を手に入れるために豪邸を避けることも選択肢のひとつといえるのです。これは文科系アプローチの成果。

そのほか小さな住宅には多くのメリットがあります。
@ 環境負荷の低減 
A 新築費用の低減
B 維持コストの低減
C 省エネルギー 
D 節税 
E 掃除の負荷減 
F 動線のコンパクト化

 リタイアメントハウスでは尚更、最優先で追求したい課題が小さく造ることです。デメリットは狭苦しく、貧乏臭くなりがちなことです。クルマの価値観に似ていますが、小さくても安物にしないことが大切で、工夫によって充分克服できます。
 結果を先に紹介しますが、里山の小さな家の完成見学会に訪れた人々の多くの感想は
「こんなステキな広い家は、ウチはとてもできない」
というものでした。
 既存の座敷と一体化したので、東西22.3mをひとつの連続した視覚空間として設計しましたが、新築1階はたった30坪。豪勢な材料は一切使用しておりません。それどころか土手で半分腐っていた木も使ってこれが絶賛の的。

 小さく造って広く住む。
 広々感を演出するためにはセオリーがあります。
 こま切れの部屋を作らないことは勿論ですが(部屋の寄せ集めが住宅だという変な固定観念も問題)居間をできるだけ広くとって住宅の中心に置き、多用途に使うことが効果的です。
 居間はくつろぐ場所、家事の場所、趣味の場所、通路、縁側、応接の場所、サンルーム、何もしない場所、いつも誰か居る場所。
 居間の中にキッチンもダイニングもちょっとした書斎も本棚も作りこむ。寝室も別の部屋もトイレも洗面所も居間から直接行き来する。
 排泄の気配がまる分かりでは困りますが、配置とレイアウトの課題はパズルを楽しむ気分で解決。やっているうちにコロンブスのタマゴがいくつか生まれます。
これで廊下は限りなくゼロに近づき、お金の節約も出来るうえ、空間が仕切られないので視線が遠くへ伸びて広々感がでます。「開く」の解。
 家の中に温度差が生じにくいメリットも生まれます。結露の主因は部屋間の温度差ですから、間取りの工夫は結露防止の効果も生みます。

(3)低く

 棟高をできるだけ低く抑えることも、重心を下げ、風が当たる面積をへらすので耐震耐風両面で効果が大きいといえます。昔の美濃の民家が耐力壁もないのに百年近く維持できた理由は、材料の良さと架構の堅牢、こまめな手入れもさることながら、平屋だったからだと考えてよいでしょう。
 茶室などの軒先はアタマを下げなければぶつかるほど低くつくられています。茶室は小さな小屋なので、高いとバランスが崩れることもありますが、低くすることによって安堵感や落ち着き、品性を醸します。
 都市の狭小宅地では困難ですが、敷地があればわざわざ2階建てにする理由はないので、棟の中心を1.8m南へ偏心して小屋裏の天井高さを確保し、「登り梁」を採用して20畳のロフト付平屋住宅を設計しました。ロフトは天井高さをしっかり確保して階段をつけたので法律上は2階です。
 あのこもる屋根裏。隠れ家の再生。
 外見は2階建ですが棟高は6m。ほぼ平屋の棟高で、構造もまあ平屋です。

(4) 陽を入れる、さえぎる

 冬は室内へいっぱいに陽を入れて暖かく、夏はこれをさえぎって涼しく暮らしたい。冬の陽射しは、からだと心を暖め、リラックスさせる力があります。夏の陽射しは逆。これを建築的にコントロールすることも設計の要件です。
美濃地方の冬はおだやかに晴れわたる日々が続きます。たまに雪になっても2日以上続くことは稀で、この恩恵を最大限活かして暮らす。
 現代はエアコンがあるので陽の設計がおろそかになっていると思います。文明は工夫をスポイルする力としても働きますね。まずは建築的な工夫を徹底的に行い、冷暖房はこれをサポートする程度と考えて陽のコントロールを設計に採用しました。後述しますがこの効果はエアコン2台分くらいに匹敵すると思います。

 冬、太陽の射角はとても低くなり、正午で30度、朝夕は水平に近くなります。夏の正午はほとんど真上にきて80度。春分秋分はこの中間。
 陽射しのコントロールは軒の深さが決め手です。計算ができなくてもこの射角を広告の裏で線を引いてみるだけで壁に当たる直射日光の状態が一目瞭然。
 都市の住宅をみると異常に軒が浅い。ひどいのは15センチあるかないか。これでは夏の直射がすべて室内に侵入します。カーテンはほとんど役に立たないし、壁が熱せられているからエアコンをいくら運転しても焼石に水。雨もまともに壁にかかるので腐朽と汚染と雨漏りの原因になります。軒の機能は多用で大きい。

 夏は壁に直射日光を当てないことが肝心で、軒を深くすれば日よけのヨシズも不要です。アレ、夏の情緒みたいに言われるけれど、目ざわりで鬱陶しいし、風をさえぎるし、家の中が暗くなるし、出し入れも面倒。
 田舎の有利さは軒の深さが自由に確保できることです。里山の小さな家は、999ミリ(3尺3寸)とし、出し桁で軒荷重を支持しました。これで夏はほとんど直射から免れ、冬は終日太陽を取りこむことができます。

 家内からのキビシイ要求はキッチンの環境でした。
「孤立はイヤ、丸見えもイヤ、暗いのもイヤ、寒いのもイヤ、暑いのもイヤ、不便もイヤ」
キッチンは通常北側に配置します。居間や寝室の採光は犠牲にできないし、夏の直射日光も避けたいのでキッチンを南に配置することは無理が多い。しかし家事の半分以上を占めるキッチンの快適要求、とりわけ採光は主婦にとって当然。

 北のキッチン。冬は寒く昼間も照明が必要になるのが普通で、家内の「イヤイヤ」は、父が作った家の裏返しでした。冬は息が白く見えるダイニングキッチン。
 キッチンを北側に配置した場合、採光の知恵として天窓を設けますが欠点も多い。夏の直射、清掃のしにくさ(事実上不可能)、雨漏りのリスクなどです。天窓は窮余の一策と心得たほうが無難でしょう。写真やモデルハウスに乗せられてイメージで設けるのはやめたほうがよい。
 解は古い町屋の知恵。キッチン上部を吹抜けにしてロフトに設けた高窓から3面採光を確保しました。晴天の朝、東の高窓から真っ先に朝日が入ります。昼は南面採光、夕方は西面採光。
 夏は軒が直射をさえぎり、冬は窓いっぱいの陽がロフトから入ってキッチン上部の白い下がり壁にあたり、ゆっくり、舐めるように、一日かけて移ろい、おだやかに拡散します。もうひとつ家内への配慮。キッチンシンクの南を開口部にして庭を見ながら台所仕事。


(5) 素材とデザイン

 オモチャ箱をひっくり返したような日本の街並み。ドイツ風、イギリス風、スイス風、スエーデン風などなど。一軒の家の中にも、あまりに多様なデザインと素材と色彩。
 様式には必然性があり、それは主に風土が規定しています。ここから遊離すると建築に限らずお顔が醜悪になるのは渋谷あたりでうろついている田舎のねえちゃんと同じ。加えて材料がほとんどニセモノだから、「何々風」がどうしても薄汚くなってしまいます。樹脂で固めた窒息フローリング、花柄のビニールクロス、プラスチックの巾木や廻り縁、プラスチックのヒノキ柱。プラスチックの外壁。これらはメーカーが企業の論理でつくりあげた工業製品で、各国に元々在った素材ではありません。
 人は自分が思っているよりずっと敏感な動物です。断面が見えなくても物の厚みや素材感、ニセモノ、ホンモノを一瞬で見抜きます。
 デザイン以前の問題ですが、まずはニセモノを使わないことが家造りの基本。花は花でプラスチックの造花は花ではない、というほどの意味。値段は関係ありません。

 わたしは現在東京で単身赴任中。鉄筋コンクリートの社宅暮らしですが、夏はエアコンなしで眠られず、冬は床が異様に冷たく、はげしく乾燥するのに窓におびただしい結露が生じます。このおそろしく不快な環境は、あらためて木造のよさを認識する経験になりました。
 夏は蒸し暑く、冬は乾燥して都市部でも氷点下を記録するわが国は、木造が最適と断言できると思います。
 日本家屋の素材は古来木と土と紙と草。共通点はすぐれた調湿性です。これは世界で最も湿潤な国のひとつで生まれた知恵でしょう。

 さて里山の小さな家で使った主な素材を紹介しましょう。柱は東濃ヒノキ、梁は米松、壁はシラス左官壁、天井と腰壁はスギ、床は愛和の提案でラオス松と決定。ラオス松は、無節で通直稠密な柾目と赤白(大工さんは源平といいます)が息を飲むほど美しい。中国南部の高地に自生します。ちかごろ伐採が制限され輸入もできなくなった希少な床材。
 シラス左官壁は火山灰で調湿性抜群、酸化チタンを多量に含むので臭いを分解し、空気を浄化する優れものです。
 内装外装ともすべて自然素材。シックハウス対策として2003年7月1日で施行された改正建築基準法を待つまでもなく有害化学物質はゼロ。

 どの部屋も基本的に同じ素材。非常にシンプルですが、これで空間の連続性が生まれ、室内が広々と見えます。 
 この基本をしっかり押さえたら、細部のデコレーションをなるべく排除して素材をすっきり見せる工夫をすれば充分。
 木造でデザインをやり過ぎると厭味になるのは理由があります。日本の木造建築は、細部の納まり(建築家はデイテ―ルと云います)に千年の洗練を潜っており、デイテ―ルが極め付きのデザインになっているからです。なにもしないほうが美しい。
 もっともこれをキチンとできる大工は少なくなりました。大工が要らない家はプレハブです。大壁にしてクロスを貼れば何も見えない。あんちゃんやアルバイトで出来ちゃう秘密。

(6) 東海地震に備える

 東海地震は30年以内に確実に起きるといわれています。
美濃加茂市の想定震度は5弱〜5強。山之上町の地質は、硬い岩盤が基底にあるので弱い家屋でも倒壊する可能性は低いのですが、傷めば修理に多くのお金がかかります。
 阪神淡路大震災では、耐力壁のない古い木造従来工法住宅が大きな被害を受け、2×4などのプレハブのほうが強いという風評がたちました。
 これは大きな誤解を生みました。倒壊した古い家は建築基準法が整備される以前に建てられたもので、当時プレハブは存在せず、木造軸組みしかなかった、というべきだったのです。
調査結果が公開されていますが、古い従来工法の家が倒壊した原因は、耐力壁が無かったことに加え、土台や柱の下部など、床下構造材の腐朽と柱の引きぬきに集約できることがわかりました。

 2000年の改正建築基準法は、阪神淡路大震災の被害調査結果を反映したもので、要点は壁の強度と土台の腐朽防止、柱の引きぬき対策。柱が基礎から抜けてしまっては元も子もないのですが、その悪さをするのがなんとスジカイ! 大きな加速度がかかるとスジカイが梁と柱をつきあげて基礎から柱を引き抜くのです。
 スジカイをやめて耐力面材で「柱−土台−梁」を縫いつければ、住宅は頑丈な箱になり、ねじれにも強くなります。
 耐力面材は腐食せず燃える心配がないダイライトを指定しました。剛性は壁バランスを調整したうえで改正建築基準法の6.5倍の壁量を確保しました。むかしの美濃の民家とくらべるとたぶん10倍以上強い構造です。
 なお、柱は東濃ヒノキ120□、役柱150□としました。平屋の柱は90□が標準ですが、仕口の断面欠損が大きく、欠損部が極端に弱くなります。参考までに90□と120□では強さがおよそ2倍ちがいます。もちろん価格は2倍もかかりません。

 濃尾地震における美濃加茂市近辺の震度は6.0〜6.5程度だったと推定されております。耐力壁もスジカイも無かった生家はこれに耐えています。想定される東海地震の震度はこれよりはるかに弱いので充分耐える強さといえるでしょう。住宅は現行の基準法に適合して造れば、震度7クラスまで耐えると思います。
 その他の耐震金物やボルト、釘類もサイズを特定し、溶融亜鉛メッキを施したものを指定しました。ZN金物、Z釘といわれるもので、傷がついても亜鉛が融けだして金属表面を保護し、錆の侵攻をふせぎます。これらが法律で規定されているのに、キチンと使用されていない現実を多くの現場で見たので仕様書で指定しました。特にずさんなのは釘。Z釘を使用しないと海水を含んだ外材によってすぐに錆びてボロボロ。耐震性の維持は望むべくもありません。
 
 地震が近いならできるだけ早くしっかりした対策をして命や財産を守ることを最優先に考えるのが常識。新しい耐震基準が義務づけられた改正建築基準法が、技能的に定着するタイミングを待って2002年の秋、設計図と仕様書をそろえて相見積りを依頼しました。

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※実際の書籍の内容とは異なる場合があります。

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