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「里山の小さな家」ある建築主からのレポート 報告者/井戸道也

11.完成・見学会                          写真   図面 

1. 概要
(1) 地形
(2) 配置と間取り 
(3) こもる−ひらく 
(4) 室内環境

2. 気候

3.美濃の民家−起源と形成
(1) 配置と間取り 
(2) 構造 
(3)家の形成と暮らし

4.失われた民家
(1)生活の変化 
(2)悪くなった住宅

5.自分で設計する
(1)思い通りの家? 
(2)暮らしかたを構想する

6.要件を固める
(1)断熱が生命線 
(2)小さく 
(3)低く 
(4)陽を入れる、さえぎる 
(5)素材とデザイン 
(6)東海地震に備える

7.愛和登場
(1)相見積り 
(2)板頭社長 
(3)カネダイ 
(4)2つの実験

8.契約・着工・上棟

9.白川大工・今井さん

10.仕上げ

11.完成・見学会

12.冬
(1)背中があたたかい 
(2)結露ゼロ!

13.春〜夏
(1)春 
(2)夏

14.1年経過
(1)床材ラオス松 
(2)樋から雨漏り! 
(3)電気料金 
(4)ショック! 畳に青カビ

15.そのほか
(1)新築費用 
(2)優良工務店を探す 
(3)家相

16.終わりに


 庭のサルスベリの花が終わりました。ヒガンバナがツクシのような花芽を出しました。工事は契約納期より1ヶ月弱遅れています。
「すみません、すっかり遅れてしまって」と監督。
「いやいや、ゆっくりやって頂ければ結構です。もう完成してしまうかと思うとちょっと淋しいし、冬がくる前にできれば充分ですから」
 工事は工期が長いほどコストが膨れあがります。早く片付けてコストダウンとお金の回収を計るのが工務店経営の基本。建築主は、遅れよりも早く進みすぎることに用心するべきなのです。
「あと2週間で完成です。引渡しをすこし延ばして頂いて10月4日と5日で見学会をやりたいのですが宜しいでしょうか」
「承知しました、できるだけ大勢来て頂けるといいですね」

 さあ見学会です。
 空は高く晴れあがり、敷地西側の斜面は緋毛氈を敷きつめたような満開のヒガンバナ。愛和の誰かがヒガンバナを玄関に飾ってくれました。わたしは裏山で野菊とサネカズラのルビーのような実を採って自作の渋い花入れに生け、和室の小机に飾りました。そして邪魔にならないように家内と見学会に来た人々の反応を見ていました。

 見学会は夫婦や子供連れがほとんど。板頭社長が自分で説明しています。押入れの下にある床下蓄熱電気暖房器についても紹介していますが、みなさんあまり関心が無いようです。まだ暖房の季節でなく、説明にも半信半疑。真価が問われるのは2ヶ月先のことで、失敗するかもわかりませんからね。
 シンプルなブラケットがすべて点灯され、白いシラス壁が、究極の清潔と安堵感を演出しています。白壁にはなんといっても白熱灯が似合う。
 虫食いひび割れの分厚いカウンターも注目の的。
「すご−い、こんな素晴らしいの、始めて」
玄関ドアの把手をさわって
「うちもこれにしてください」
これ、腐った木だったのです。
「これはお施主さんが自分でお作りになったものです。同じものはありません」
「どこにあるのですか」
「山にいけば木の葉の下に埋もれています。腐っているので見逃しやすいですが洗い出せば使えます。なるべくどうしようもない感じのものが以外に化けますよ」
 山と聞いて若い夫婦にとまどいが浮かびました。ついこの間まで生活空間だった里山でさえ、すでに彼らの世代には異界のようです。虫も蛇もいるからね。
 木材の腐食、虫食い、ひび割れなどは、表層も断面も、その歴史と時間を見せてくれるので質感や無垢な味わいを露わに演出できるのでとても効果的です。えっ、こんなもの!と思うものでもツルピカの合板とは比べものにならない味わい。

 華やかな見学会ですが大工の今井さんも牧野さんも、もういません。別の現場で仕事をしているのです。匠には現場以外の舞台はありません。でもやっぱり見てほしいですね,見学の人々の感嘆と羨望。
 2日間の見学会は大盛況でした。山里の小さな家なのに、愛和はじまって以来の動員数。

 家内が浮かぬ顔をしています。玄関ドアの仕様がまちがっているのです。契約仕様はヒノキ框作り、現物はヒノキですがフラッシュ構造。框作りは1枚板。フラッシュは2枚板で板の間は中空です。
見学会の席で指摘するのはさしひかえ、2日目の終了後、図面と打合せ記録、見積り仕様書を調べ、確認したうえで監督にまちがいを申し出ると困惑の色。
 「たしかにまちがっています。作り直しますが少し時間を頂いて宜しいでしょうか、よく枯れた材料を探し出さなくてはなりません。どうしても暴れるのです。何度も失敗してお客様から叱られています」
 直射日光や風雨があたる玄関ドア。天然材の框作りは冒険です。一枚の板が受ける環境は室内と屋外で大きな差異があり、狂わないほうがおかしい。反り、歪み、ひび割れも想定しなくてはなりません。場合により建てつけにも影響してきます。工務店が慎重になるのもあたり前です。
フラッシュ構造なら屋外と屋内の板が別々なので天然板でもこういう危険は少ない。品質の安定性で考えればフラッシュ構造のほうがメリットが大きいので框にこだわるわたしのほうも問題。でも質感がまるで違うのでこだわりました。
 たぶん愛和と建具屋のあいだでは、玄関に框戸はやめようと申し合わせがされていたのでしょう。監督の困惑は、どうやって建具屋を口説いて作り直させるかに懸念が走ったからでしょう。
 「狂うことは分かった上でお願いした仕様です。狂っても責任を押し付けたり、欠陥呼ばわりするようなことはしませんから宜しくお願いします」 

 ドアはそれから3ヶ月後、歳が明けてから取り替えられました。1年経過した時点で、やはり陽の当たる下のほうが反ってガラスとのあいだに施したコーキングが剥がれ、隙間ができています。ここから台風のときに雨が滲入して木を濡らし、もんもん模様ができました。
 木の良さを言いながらこういうことが許せない建築主もいるようで、手抜き工事呼ばわりされて頭を抱えることもあるとか。ほんとうに泣きたくなりますねえ。木は反る、割れる、腐る、縮む、膨れる、水を含むもの。この性質は木の良さを生成している性質と同じですから判って欲しいですね。許せない人は既製品のアルミドアや合板のフラッシュドアにしたほうがベターです。
ところで隙間のことを大工さんは「笑う」といいます。人と猿は笑うときに口をあけるからでしょうか。

 見学会の後、愛和はもう一度丁寧なクリーニングをしてくれました。家具を入れる前に家内とラオス松の床に未晒しの蜜蝋ワックスを塗りました。蜜蝋でも有機溶剤で練ったものが有ります。これ、化学物質の塊。用心用心。
白の部分が少し濃くなり、全体にしっとりとおちついた感じになりました。
わたしは完成の時も見学会でも一度も会えなかった大工の今井さんと牧野さんにお礼が言いたく、また自慢話、苦労話も訊きたくて、11月の初めに愛和が造った料亭で御礼の質素な会食をセットしました。板頭社長、監督も出席して話がはずみましたが、終始浮かぬ顔をして黙りこんでいた牧野さんが突然帰ってしまいました。
 風邪の高熱を押して出席してくれていたのです。牧野さん、ありがとう。

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※実際の書籍の内容とは異なる場合があります。

 


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